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プロクライマー尾川とも子氏特別対談

今日一日の積み重ねが、登りきれる自分を作っていく

尾川 とも子
日本人女性初のプロクライマー。
22歳から本格的にフリークライミングを始め、数々の大会や高難度の岩に挑戦。
2012年には世界で女性初となる難度V14を達成し、世界のトップと肩を並べる。
同年、世界で最も活躍したクライマーに贈られるGolden Piton賞、2014年にはGolden Climbing Shoes賞を受賞(いずれも日本女性初)。
現在はクライミングの解説者、ボルダリング講師、イベントや講演など幅広い活動を続けている。

岸 謙一
オンサイト株式会社 代表取締役。
サイバーエージェント、リクルート、ライブドアを経て、2006年オンサイト株式会社を設立。
一貫してインターネット領域でのビジネスを行ってきた経験を活かし、現在は1500以上のWEBサイトの運営を行う。

初見の難しいコースをどう攻略するか


実は尾川さんと当社には深い縁がありまして、社名『オンサイト』は尾川さんと私の共通の知人につけてもらったんです。

尾川
クライミングの世界にはいくつかの種目や方式があるのですが、その中でも、初見のコースを、何の事前情報もなく、他の選手が登っている様子も見たことがない状態で、一回で登ることを『オンサイト』と言います。
こういった難しい条件で登るので、とても価値があるとされています。


ビジネスの世界でも、初めてのテーマに対して自分でどうやってゴールに辿り着くのかを考え、動き出さなければならないことがあります。
例えば「うちの学校を有名にしたい」といった具合に、そもそもクライアントからの相談がざっくりとした内容であることも多いので、そこからどうやって具体的な課題や手順に落とし込んでいくかが面白いところですね。

尾川
クライミングの場合は、まず初見でコースの全体像を把握し、最初は左手で行くのか、それとも右手で行くのかといったことを決めていきます。
そして一番難しそうな箇所はどこなのかを見つけて、そこをどう攻略するのかの道筋を立てていきます。
ただし、選手によって手や足の長さは違うので登り方も変わってきますし、「最近の流行りの登り方」みたいなものもあるんですよ。


私たちも基本的には目的達成のための合理性や時流などをいろいろと考慮して、解決策を決めていくことになります。
ただ、当社は WEBサイトの制作だけをやっているわけではないですし、WEB広告だけをやっているわけでもない。
手段を限定していないので、そのぶん無限の可能性があります。

尾川
スポーツにも無限の可能性があり、最終的には選手の「好み」で登り方などが決まることもあります。


そうですよね。
もちろん合理性や過去の成功事例も大事にしつつですが、最終的には「私がこの新しい挑戦をやりたいからこうしましょう!」と話すことも多いです。
クライアントのWEBサイトではありますが、私がそうしたいのでやらせて欲しいと。笑

100億円の全体最適と、1ミリの工夫


そのあとは、プロジェクトが始まってからどう修正していくか。
クライミングでも登りはじめてから「あれ? 思ってたのと違うぞ」となることはありますか。

尾川
実際に現場に行ってみないとわからないことは当然出てきますし、シンプルに見えていたところが実は一番難しかった……なんてこともよくあります。
想定と違ったときは、コースの途中にある休憩できる位置まで戻ることがあるのですが、ここでは手を休ませるだけでなく、脳にも酸素を送って冷静になって立て直せるかどうかが勝負です。
いかにパニックにならないか。
フィジカルだけでは不十分で、こういったメンタル面も強くないと勝てません。


私たちの場合の「冷静になって考える強さ」とは、全体最適で判断するということかもしれません。
例えば最初に100億円のプロジェクト予算があって、「広告費90億円・システム費10億円」と決まっていたとします。
でも、やっていくうちに「いや、これはシステムを根本から改善しないと成果が出ないぞ」とわかってくることがあります。
このときに、思い切って「広告費のうち50億円をシステムの方に当てましょう」という判断ができるかどうか。
それによって当社の売上になる広告手数料が減ったとしてもです。

尾川
一方で、ほんの少しの違いが全体のパフォーマンスに大きな影響を与えることもありますよね。
クライミングでは、指の位置を1ミリ変えただけで上手くいくこともありますし、足の角度を1度変えただけで崩れてしまうこともあります。
なんだか化学の実験をしているみたいだなと思ったりもします。
薬品をもう1滴入れるかどうかで全然違うものになってしまう。


ありますね。
LINEの広告配信のタイミングを15分ずらしただけで、反応が3倍も4倍も変わったり。
ECですと、商品を撮影する際の明るさをほんの少し変えるだけでも売れ行きに大きな違いが出ますし、楽天やAmazonなどのプラットフォームでは、自分たちの隣にどういった競合商品が表示されているかにも左右されます。
こういう細かいノウハウのようなもの……私たちはTipsと呼んでいるんですけど、これをいかに集めて組織として集合知化できるかにかなり力を入れています。

尾川
これまでのクライミング人生の中で一番難しかった岩は、攻略するのに3年かかったのですが、まさにそういった「ほんのちょっとの違い」をずっと試行錯誤していた3年間でした。


一つの自然の岩にそれだけの時間をかけることもあるのですね。

尾川
天井に這いつくばるような形で、割り箸2本分くらいの凸部分に、どうやって自分の指を置いて体重を支え、次に進むか。
これに3年かかりました。


割り箸2本ですか!笑

尾川
足場もペットボトルの蓋くらいの面積しかなく、まずそこにぶらさがるだけで1ヶ月半くらいは試行錯誤しました。
屋外ですので、その日の天気や湿度などもあるのですが、最終的にはほんの少し指の置き方を変えることでクリアできました。

仕組み×感覚で人は成長していく


そういった積み重ね、経験量がものを言いますよね。
試行錯誤の回数と言いますか。

尾川
何度もやっていると、無限にあるやり方の中からある程度はパターンが見えてきます。
これは以前登ったあのときに似ているな、といった感じで。 練習のときも自分が登っている様子を動画で撮影して、それを見てノートを取って……といったことの繰り返しがいざというときに活きてきます。


私の場合はそれを会社という組織単位でやるため、先程お話したようなTipsを社内で数千件データベースとして持っています。
誰がいつどういう状況で何に困ったのか、そのときどういう判断をして、結果どうなったのか。
いつもと違う数字が出たとき、何が原因だったのか。
こういった小さな知見を毎日蓄積して、社内のメンバーであれば誰でも閲覧できるようにしています。

尾川
スポーツの場合は感覚でやる人も多いのですが、私は20歳を過ぎて身体もできあがってからクライミングを始めたので、勉強して、書き出して、理解して、仕組み化することも大切にせざるを得なかったという経緯があります。
もちろんそれに加えてたくさん練習し、経験を積んできたことで得られた感覚の部分も大きいですが。


数や量の積み重ねも大事ですよね。
当社は今1,500サイト以上の運営をしていて、ECだけで年間160万件くらいのお問い合わせがあって、300億円以上の注文を処理。
95万件の作業が発生していますが、こういった数字にもこだわるのは、たくさんの経験によって一つひとつの判断の精度が上がっていくからです。
AIも学習させる量が少ないと、精度が低い結果しか出せないですよね。
それと同じような感覚です。
会社という組織全体としてたくさんの教師データを持っているのが大きな強みになると思っています。

尾川
私は今、スクールで生徒さんに教えていますが、岸さんの言うようにいかに仕組み化していくかを大事にしつつ、たくさん経験を積んで感覚を掴むこともらうことも大切にした指導をしています。
感覚だけだと伝わらないですし、かといって本人の経験量ももちろん大事なので。


すごくわかります。
新卒採用で当社に入ってきた若い人も、組織として持っているTipsを参考にしつつ自分で判断する現場経験を積み重ねていると、3年目くらいにはクライアントの経営者と対等に話せるようになりますし、任せてもらえるようになりますね。

自分を決めつけない!


尾川さんは後輩の育成以外にも、幅広い活動をされていらっしゃるんですよね。

尾川
クライミングやボルダリングの魅力を伝えるための啓蒙活動やイベントもやっていますし、パラリンピック選手の育成もしています。
目が見えない方も脳性麻痺で車椅子生活を送っている方も、実はクライミングを楽しむことができるんです!
障がいをお持ちの方ご本人もそのご家族の方も、まだそういったことをご存知なかったりするので、少しでも広めていけたらいいなと思っています。


「実はできる」という話で言いますと、ビジネスの世界でも自分は何者かというのを限定しすぎないことが大事かなと思っているんです。
既にお話した全体最適の話もそうですが、領域を狭めてしまうと一番いい施策を取れなくなってしまうし、新しいものが出てきたときに対応できない。
これは個人のキャリアアップにも言えることだと思います。
自分は何者なのかというのを定義しすぎない方がいいのかもしれません。

尾川
私も最初はビジネス領域との接点はあまりないのかなと思っていましたが、実際は共通点も多く、おかげさまで企業や経営者の方向けの講演も増えてきました。
また、工場勤務している人や土木系の方向けに安全管理のお話をさせていただくこともあります。
新しい活動という意味では、そういえばこの前、自分でInstagramで物販をやってみたのですが、なかなか難しかったです。
これは岸さんに相談しないとですね。笑


最近は本当に難しくなってきているんですよ。
出品するだけなら簡単にできるプラットフォームも増えてきましたが、それで売れるかどうかは別問題ですし、出品や在庫や発送の管理をどうするの……といったことを考え出すと意外と大変。
サービスもどんどん増えて複雑になってきているので、ずっと昔からやってきた私でも、正直1人ではもう無理なフェーズに入ってきました。
だからこそ組織としてできることを増やしていきたいなと思っています。

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